福原愛はドロドロ?父と何があった?返済?縁は?兄マネージャー?

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福原愛さんの最愛・・・ではない父親がこの世を去りました。

彼女は両親に(特に父親に)左右された人生を送っていたのかも知れません。

福原愛3

彼女はみなさんも良く知る「天才卓球少女」でした。
泣き虫愛ちゃんで幼い頃からスポットライトを浴び続けていました。
そんな福原愛さんの本当の裏側は以外なものでした。

そんな彼女のプロフィールから
名前:福原愛(ふくはらあい)
生年月日:1988年11月1日
出身地:宮城県仙台市
血液型:B型
最高世界ランク:6位

3歳から卓球を始め、泣き顔が特徴的な天才卓球少女として
テレビにも登場しました。
しかし、実際には勝ち気で闘志あふれるスタイルだったのは
あまり知られていません。

悲しい、辛いの涙ではなく、自分に対しての葛藤のものでしたが
マスコミのイメージ戦略によって、
福原愛像が造られていきました。

2012 Summer Olympics: Womens table tennis

 

 

その後、小学校4年生でプロ宣言、ミキハウスと専属の契約を結び、
ミキハウス本社のある大阪へ引っ越ます。

そこで、作馬六郎コーチと出会い、基礎を学びました。
公立中学校から、青森山田中学校へ転校。
メキメキと頭角を表し、国内敵なしと言われるまでとなりました。

福原愛さんはギネス記録を持っているの知っていました?

間に175回ラリーをするという

とてつもない記録です!

 

彼女も順風満帆ではありませんでしたが
最も悩ませていた問題が父親との確執です。

不動産関係で事業失敗後、億単位という借金を抱えました。

その影響か、亡くなる日までの5年間は顔も合わせてはいませんでした。

父親は71歳とのことですから、47歳頃に
愛ちゃんが生まれたんですね・・・
成人式の時で67歳・・・孫と言っても
差し支えない年齢ですね。

しかし、きっと悪いのは父だけではありません。
家族がすべて、福原愛さんの成功に便乗してきたのです。
母親も元は卓球選手でしたが愛ちゃんがプロへ転向した際に
バックアップとして、常に帯同しています・・・

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その後、父親が実権を握り、コーチ選定、スケジュール等に
干渉するようになりました。
そして、兄も愛ちゃんのコーチ兼マネージャーを始めました・・・
愛ちゃんより、上手いのでしょうか?

自分の夢がどうこうではなく、
家族を養わなければいけない状況となってしまいます。

そして、父からの呪縛からとき離れたと思っても
兄がその後を引き継ぐと言われています。

もし、ちゃんとしたバックアッパーとコーチが付いていれば
金儲けに走らず、スポーツマンとしてすべてを注ぐ事ができていれば
今以上の成果を残せたと非常に悲しく思えてきます。

家族の縁を切りたくても切れないでしょうし、愛ちゃん優しいからw

 

今、福原愛さんと岐路に立たされています。
今一度、本当の復活を果たし、

世界で1位を取るために
出来る事は分かっているはずです!!

福原愛4

本当の自由を手に入れて、世界ランク1位の
福原愛さんの笑顔を見てみたいものですね!!

頑張れ!!

苦労人の愛ちゃん!!w

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